四国一周10日間2022-2 2日目午前 室戸岬から奈半利駅へ

2022年4月29日(祝金)

深夜暗い中、隊長が急に起き上がっていたからびっくりした。
太ももがつったと言っていたけど、時間が経ったら良くなったみたいでもう一度寝た。
何だったんだ、あれは。こわかったよぅ。

晴れていれば夜は星空が、そして海から昇る朝日が見えたかも。
しかし窓の外は、みごとなほどにどんよりだ。
ただ、早朝は曇りの予報になっていた。
年々早起きになってきている私達にとって、朝食の7時半までが天からもらった観光チャンス!
宿の前の道を渡ると岬の遊歩道がある。

早朝の室戸岬
海に近い部分に輝く光が。
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宿を出て遊歩道を左に歩いて行くと、御厨人窟(みくろど)がある。
空海の修行の場所。
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『正面向かって右側の洞窟が修行をしていた神明窟で、左側が生活をしていた御厨人窟。
修行中に悟りを開き、その際に口の中に明星が飛び込んでくるという神秘的な体験をした。
後に、その当時この場所から見た空と海だけの景色に感銘を受け、名前を「空海」と名乗るようになったと言われている。
御厨人窟は、空海が訪れたとされる1200年前は今よりも5m低く、海面が近かったと考えられている。』
(現地の説明板より抜粋)

以下、このブログで『 』で区切られている文は、色々な資料などから引用したものになる。
女将さんによると、空海は和歌山の方から船で来たようだとのこと。

洞窟の中から入口を見る。
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洞窟の中から空海が見たかもしれない空と海の風景
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御厨人窟に行く途中にあったジオセンター外観
(私達は行かなかったけど。)
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エボシ岩(武士や貴族が被っていた烏帽子の形に似ている)
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『エボシ岩は、マグマが地下で冷え固まってできた班れい岩という岩石でできている。
室戸岬がまだ海の底にあった時代(今から約1,400万年前)、海底の地層の中にマグマが入りこみ、ゆっくりと冷え固まった。
その後、室戸岬の隆起にともなって現在の高さまで持ち上がった。』
(現地の説明版板より抜粋)

海の際で、一人で釣りをしている人が見える。
ちょっと心配なんですけど。
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あこうの木
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『あこうの木は温暖な地にみられ、室戸岬では根を岩にからませ、樹高を低く保つことで、台風の被害を最小限にとどめている。国の天然記念物に指定されている。』
(現地の案内板より抜粋)

中岡慎太郎像
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海を見ている。
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中岡慎太郎像の後方に展望台に登る階段がある。
この位置が岬の突端だそうだ。
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今日四万十川を目指す青年達のバイク。
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勝手に載せたけどナンバーは写っていないのでいいよね。
戦隊ヒーローが乗っているのみたい。
バイクは屋根付きのところに入れることもできるそうだ。

雨が降らないうちになんとか見たい所は見ることができた。
7:30  朝食
充実の朝ごはん
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古い新聞を見せてもらった。
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昭和16年12月18日付の新聞。
第二次世界大戦の開戦(真珠湾攻撃)は昭和16年12月8日。
戦争を始めた10日後の貴重な新聞。

部屋の様子
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窓から海が見える。

女将さんと写真
(ブログに写真を載せてもOKと言っていただいたが、顔は星仕様にした⭐)
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傘を貸してもらい、バスが来るまで一緒に待ってくださった。
室戸荘は、今回予約する時に1番最初に予約した宿だった。
四国旅行初日の宿がここで良かった。
ここをスタートラインに楽しい旅になりそうな予感。
ありがとう女将さん、室戸荘の皆さん。

9:39  バスで室戸岬バス停から奈半利駅へ
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10:32 駅に到着。
バスに約1時間乗車。
このあと、隊長1人で奈半利駅周辺の史跡を巡ることになった。

女将さんによると、龍馬達の行動につながるある事件があったそうだ。
旅行用ガイドブックには載っていないようなレアな情報。
浜口雄幸(はまぐちおさち)の旧宅もあるとのことで地図を描いてもらった。

15分後に来る列車に乗れば早く高知駅に着く。
これを逃せば次の列車は1時間半後になってしまう。
しかし、隊長は歴史が好きなので、思い残すことなく見てきた方が良いのだ。

なぜなら奈半利駅にまた来た時に見ればいいや、と気軽に言えない距離に私達は住んでいる。
私も歴史は好きだが、隊長が写真を撮ってきてくれれば良い。
駅のベンチで荷物番をする。

歴史的背景
坂本龍馬
『1867年武市半平太(瑞山)が結成した土佐勤王党(尊王攘夷、天皇を敬い外国人を排斥する)に参加。
27歳で脱藩。
その後、同じ土佐の中岡慎太郎と出会い、幕府を倒すため薩長同盟(薩摩と長州)締結に向けて動き出す。
1867年11月中岡慎太郎と共に京都で暗殺される。33歳。』

龍馬の身長は170cm、中岡慎太郎は155cm(当時の男性の平均)、岩崎弥太郎175cm、武市半平太180cm(女将さん談)

武市半平太(瑞山 )像
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龍馬の行動につながるある事件とは
『1864年土佐では郷士たちによる反乱が起きた。
尊王攘夷派の23人が藩に対し、藩政改革、攘夷、武市瑞山の釈放の嘆願書を提出。
これに対し藩は討伐軍を送り、23人は刑場の露と消えた。』

『23士殉節の地』の碑
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23士の墓
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高知県出身の第27代内閣総理大臣 浜口雄幸(はまぐち おさち)
『1929年総理大臣に任命され、軍事費用が増大する中で緊縮財政と国際協調外交を推進。
ロンドン軍縮会議で条約に調印。
1930年、政策に不満を持つ者に東京駅で撃たれ、その怪我が元で1931年に亡くなった。』
東京駅の床のタイルには、撃たれたその位置が今も印されているとのことだ。

浜口雄幸の旧宅
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門の中に入ったところ
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浜口雄幸という名前は知っていたが、ここに載せるにあたりネットで調べた。
真面目で頑固な性格で、国民から人気があったとのことだ。
この旅で名前と人物像がつながった。

「土佐の気風としては『自由』と『戦争回避』ということがある。
高知県出身の総理大臣はもう1人、吉田茂がいる。」by 女将さん

第45代内閣総理大臣 吉田茂
『第2次大戦中の昭和14年米国大使の時、日独伊三国同盟に反対し大使職を追われる。
戦後の昭和21年、総理大臣となる。
日本国憲法成立、サンフランシスコ平和条約締結など、戦後復興の礎を築いた。』
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ネットで調べた。
吉田茂は実父が高知県宿毛出身で吉田茂自身は東京で生まれたそうだが、首相官邸ホームページに出身地高知県と書いてある。

名前は知ってる、という程度で歴史を好きって言えるのかってくらい勉強不足が露呈。
あと1人、板垣退助については高知市内編で登場。
女将さん、聞いたお話だいぶ網羅できたと思いますが大丈夫そうでしょうか??